険しい山で、心地よさについて考えた。

険しい山で、心地よさについて考えた。

先日、北アルプスの槍ヶ岳から大キレットを経て、穂高岳へと続く稜線を歩いてきました。

大きく切れ落ちた岩場を慎重に進み、長い登りと下りを繰り返す。目の前に広がる景色は素晴らしいものでしたが、身体にとっては決してラクな山行ではありません。

上高地から槍ヶ岳まで長い距離を歩き、その次は神経を集中させながら、大キレットを渡り、奥穂高岳を目指す。

一歩一歩に集中しながら歩き続け、ようやく一日の行程を終える。

テントを張り、荷物を下ろして腰を落ち着けると、張り詰めていた気持ちが少しずつほどけていきます。

そんなとき、改めて感じたことがありました。

身体が疲れているときほど、身につけている服にはラクであってほしい。

とても当たり前のことですが、私たちがパンツをつくるうえで大切にしてきたことを、今回の山行で改めて実感しました。

歩いていない時間も、登山の一部。

登山用のウェアというと、歩いているときの性能に目が向きがちです。

脚を大きく上げられるか。汗をかいても快適か。風や雨の中で身体を守れるか。

もちろん、どれも欠かすことのできない大切な性能です。

けれど、山で過ごす時間のすべてが、歩いている時間というわけではありません。

登山道の脇に腰を下ろして行動食を食べる時間。山小屋で温かい飲み物を手にする時間。テントの中で足を伸ばし、翌日の行程を考える時間。

むしろ、そんな何気ない時間こそ、山で過ごした一日の記憶として強く残っていることもあります。

長い距離を歩いてきた身体にとって、ウエストのわずかな締め付けや、生地の突っ張りは、思いのほか気になるものです。

ようやく休める時間なのに、服の窮屈さから解放されるために、まず着替えたくなる。

それが悪いことだとは思いません。

ただ、できることなら、歩いていたときのパンツのまま、何も気にせずくつろげたらいい。

歩くことにも、休むことにも、同じくらい自然に寄り添えること。

私たちが考える登山用パンツの快適さには、そんな意味も含まれています。

快適さは、数字だけでは測れない。

アウトドアウェアには、さまざまな性能が求められます。

重量、耐久性、速乾性、ストレッチ性。

数値として比較できる性能は、道具を選ぶうえで大切な判断材料になります。私たち自身も山に登るからこそ、それらを軽視することはできません。

一方で、服の快適さには、数字だけでは表しきれない部分があります。

一日中穿いていても、身体への負担が少ないこと。

立っているときだけでなく、しゃがんだり、座ったり、足を伸ばしたりするときにも、窮屈さを感じにくいこと。

そして何より、穿いていることを意識せずに過ごせること。

AshTrailのTrail Wide Pantsがゆとりのあるシルエットを採用しているのも、単にワイドな見た目を好んでいるからではありません。

身体の動きを妨げず、さまざまな姿勢を自然に受け止められること。長い時間をともにする服だからこそ、身体との間に余裕を持たせたいと考えています。

もちろん、ゆとりがあればあるほど快適になるわけでもありません。

山では、余分な生地が動きを妨げたり、足元の邪魔になったりすることもあります。

だからこそ、動きやすさと、リラックスできる余裕。その両方のバランスを大切にしています。

山で感じる心地よさは、日常にもつながっている。

山から帰ってきて、いつもの生活に戻る。

電車に乗り、仕事をして、買い物に出かけ、休日には喫茶店でゆっくり過ごす。

当然ながら、山と街では求められる機能も、過ごし方も違います。

けれど、身体が心地よいと感じることの本質は、それほど変わらない面もあります。

長時間歩いたあとに感じるウエストの解放感は、長い時間椅子に座って仕事をする日にもつながっています。

岩場で脚を上げるときに必要な動きやすさは、階段を上ったり、自転車に乗ったりする日常の動作にもつながっています。

山での厳しい環境を考えてつくった服が、結果として、いつもの暮らしにも自然となじんでいく。

それは、私たちが目指す「山と日常を隔てない服」のひとつの形です。

とはいえ、山でも街でも使えるというだけでは、まだ十分ではないと思っています。

機能的に着られることと、自分から着たいと思えることは、少し違うからです。

身体がラクであることに加えて、鏡に映った自分の姿が気に入っていること。ほかの服とも無理なく合わせられること。

そんな要素も重なって、初めて自然と手が伸びる一着になるのだと思います。

いつでも穿ける、よりも、いつでも穿きたい。

今回の縦走を終えて、改めて思いました。

山を歩くことは、楽しいことばかりではありません。

息が上がる登りもあれば、足が重くなる下りもある。慎重な判断や集中を求められる場面もあります。

だからこそ、身につけるものが余計なストレスを生まないことには、大きな意味があると思います。

そして、その考え方は山だけに限ったものではありません。

仕事で忙しい日も、長い時間移動する日も、何も予定のない休日も。

どんな一日であっても、服のことを気にせず、自分の時間を心地よく過ごせること。

私たちがつくりたいのは、山でも街でも「穿ける」パンツというだけではありません。

山に行く朝にも、何でもない日常の朝にも、自然と選びたくなるパンツ。

そんな一着を、これからもつくっていきたいと思います。

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